恵比寿日和
遠野滞在記 その3 「暗闇と馬の検分」
岩手県・遠野プロジェクトの拠点施設QMCH(クイーンズメドウカントリーハウス)は、
クマやカモシカの棲む遠野の山あいで、馬を飼い、米や野菜を作り、小さなゲストハウスを営んでいる。
2月初め、厳寒のQMCHを訪れた。
馬は、ハフリンガー種という黄金の毛を持つ山岳馬で、敷地内の林で自然放牧されている。
白銀の雑木林を、亜麻色のたてがみをなびかせて躍動する彼らの姿は、古いヨーロッパの
童話の世界を見るように美しい。
到着したその日は、日が落ちてから外に粉雪が舞い始めた。
視界に人工物の入らないQMCHは、一歩外に出ると真の闇である。
それでも近くに馬たちがいると思うと、心が躍って、会いに行かずにはいられない。
そこにいた7人で氷点下の雪の中を懐中電灯を持って出かけた。
「いた!」
闇の中に馬たちのシルエットが浮かび上がっていた。
近づいて触れると馬の体温は高く、温かくて、そして優しい。
目が慣れてくると遠い山の稜線や樹々の形が見えてくる。
誰が言うともなく懐中電灯を消して、待った。
これまでの馬との出逢いの中で、彼らがヒトを「検分」することがあるのを知っていた。
だから、一頭が静かに近づいてきたとき、身動きしないでジッとなすにまかせた。
時間を馬たちに委ねるように。
馬の"検分"は足元から始まった。
爪先に鼻ヅラをつけて、フンフンと匂いをかいでいる。
くるぶしから足へ、腰から腹へ、そして肩へ、ゆっくりと「馬の検分」は続く。
顔からほんの数センチ、雪除けにかぶったフードをハミハミと甘噛みしている馬の歯が
見えた。
熱い息が顔にかかる。
暗い空から舞い落ちる雪片のひとつひとつも鮮やかに、
闇に浮かぶ樹々の梢の一本一本もありありと、
あの時のことを思い出す。
雪闇の中で、魂の在り処を探るように、私の身体を通り抜けて行った、
自分よりずっと大きな生き物のことを。
彼らに身をまかせることで感じた不思議な安らぎのことを。
翌日は、晴れて風の強い日だった。吹雪くように風花が舞う。
翌朝の雪原でみつけたたくさんの足跡。夜の間にいかに多くの生き物たちが傍らで跋扈していたことか。
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