恵比寿日和
エッセイ 「さらば、いとしきお正月」
東急沿線で配られるフリーマガジンSALUSに、楽しみにしている連載エッセイがある。
コピーライターの岩崎俊一さんの「大人の迷子たち」。
TVを見ていて、何かのフレーズが心にとまるということはほとんどないのだけれど、ミツカンの「やがて、いのちに変わるもの」というコピーは気になっていた。
岩崎さんがその作者だと知って「なるほど」と納得がいく気がしている。
表題の「さらば、いとしきお正月」は今月号のタイトルである。
岩崎さんは年末ふと、「お正月」という歌が絶滅種に分類されかねないと思った。それは、凧やコマで遊ぶ子供がいなくなったことを指しているのではなく、「早く来い来いお正月」のフレーズだという。
小さいころの岩崎さんにとって、「日頃めったに会えない大好きないとこたちと、おいしいものを食べ、心ゆくまで遊べる一日は、まぎれもなくタカラモノだった」。
「今は、楽しみが日常的に用意され、会うため、声を聴くための通信や交通手段も格段に進歩し、祭りや正月に凝縮されていた子どもの楽しみは、拡散し、薄められた。そんな子供たちが『早く来い来い』と声を揃えて歌うことはないだろう」と。だから絶滅危惧種。
エッセイでは、大人になってからの岩崎さんの正月も語られている。
岩崎さんには、心臓の病で倒れ不自由な身体で、帰省する息子を待ちわびているお母さまがいた。「玄関の外で僕たちを待ち受け、見つけた瞬間の母の歓喜を、今もありありと思い出す」と書いている。
30歳で母を亡くすその年まで、母の元へ帰る、それが岩崎さんにとってのお正月だったのだろう。
「僕の帰省への報酬は、その瞬間を見るだけで十分だった。その姿を見るだけで、仕事の場でいまだ明快に求められることのない僕という存在を、今確かに必要としてくれる人がいる。そう思えるのだった。そしてその思いは、また始まる苦難の一年に立ち向かう勇気を与えてくれた。」
私も大人になって気づいた。生まれてからずっと無条件に、無償で、惜しみなく「あなたは大切な人だ」とメッセージし続けてくれた人がここにいると。
「あなたは大切な人」と受け入れられることで生きていくことができるのが、人の本性であってみれば、それはかけがえのない存在だった。
社会の中で悩み、もがき、時に疎外感の中で孤立し、そんな体験を積み重ねれば積み重ねるほど、その存在の大切さを思い知る。
ただ「私」を待ちわびてくれる人がいる。そのことの尊さを思わずにはいられない。
この秋に母が逝き、今朝は友人から大切な家族を亡くしたと知らせが届いた。
今夜は、子どもの頃焦がれるように待ちわびたお正月や夏休みの輝きとともに、失ってしまったいくつものタカラモノの欠片を拾い集めてみようと思う。
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