恵比寿日和
私の好きな本 その6 「詩の日本語 大岡信」
このシリーズが始まって、ほぼ一ヶ月半。
そもそも読書好き、作文好きのM田さんの発案でスタートした。
じゃんけんポンで、勝った私は最後の番。
「やった!一ヵ月あるぞ!」と思ったのも束の間。だんだんとその日が近づくにつれ、
締め切りに追われる作家(いや、受験に追われる浪人生)の気持ちになり、あせるほどに
好きな本なる本が決まらなくなってきた。
最初の頃は、「あっ、あれにしよう、これもいいなあ」なんて思っていたのに、すっかりそのころの気持ちはどこかに行ってしまって、一体全体、好きな本なんてあるのかな~と考え込んで、時間ばかりが過ぎていくのである。
そもそも「好き」というのと「感銘を受ける」と「影響を受ける」とでは違うし~。
「好き」と言われてもその時々で違うし、一冊になんて絞れないわ~など、あ~だこ~だ、ぶつぶつブツ。
基本的に、本は読んだらよほど気に入ったものを除いて、ほぼ捨てる。
この作業を繰り返して、今手元にあるのが40~50冊程度。
以前は本箱いっぱいに溜めこんでいたが、自分以外の家族の本が異様に多く、このままでは家の床が受けると思ったのがきっかけ。
せめて自分のだけは捨てようと決心し、いつのころからか、読んだら捨てることを習慣にし始めた。
幾たびもの廃棄処分を経て、今も手元に残っている古い本が、きっと自分の好きな本なんだろうということで、今回の一冊を決めた。
何とも前置きが長くなったが、その一冊が昭和55年に書かれた「詩の日本語 大岡信」である。
この作者の「折々のうた」は、多くの人になじみが深いと思うが、私もまた
もう新聞なんてやめてしまおうと思いながら、このコラムがあることで結局何十年も新聞を取り続けてしまった。
この小さな詩歌のコラムが朝の自分にどれほど深い呼吸をあたえてくれたかと思う。
詩の日本語は、この希代の詩人(というより芸術家)が日本の詩歌世界に対して自分の疑問を自分自身で探求していくという試みの本である。
正直、折々のうたで書いていた文章は読み物としてもすんなり入り込めていただけに、作者がこんなにも深く、精力的に日本の詩歌と向き合い続けていた人とはこの本を読むまで恥ずかしながら知らなかった。
この本を読みながら、こういう人がいたんだと、何度も本を閉じて、感動を味わった。
全第16章のなかで自分にとってことに関心が深かったのは以下の章だった。
このあたりの章には鉛筆で何度もなぞった跡がある。
「第2章 日本詩歌の変化好み(移ろう色が語るもの」
「第3章 反俗主義と色離れ(内触角重視が語るもの」
「第4章 恋歌の自己中心性(ひとり寝の歌が語るもの」
「第15章 詩歌の革新と充実(子規の歌が語るもの)」
ことに第3章での日本人の色彩感覚は推理小説を読むほどに面白かったので
長くなるが、引用してみたい。
日本には豊かな色が数多くあるが、それらは色の変わりに「もの」を直接指示している。うすむらさきというかわりに、藤袴は萩、葛を直接名指す。黄という代りに、山吹をいい、女郎花を・・・(略)。
植物だけでなく、顔料もまた。丹砂、朱砂、燕支。青紫、空青、紺青、緑青・・(略)・と物質の名で呼ばれる。
つまりそれらは「色彩」として抽象されず、個体の持つ地色として理解されている。
つまり日本語には古来色彩を表す形容詞がきわめて乏しく、白い、黒い、赤い,青い いかなく、黄色いという、いわば変則的な形容詞が遅れてやっと登場したということも当然だったということになる。
・・(中略)・・
自然の事物一つひとつにそれにふさわしい名前を与えそのものの色名と知るのは鋭敏な感性的精緻と洗練を必要とするが、その反面、個々の色の微妙なニュアンスの差異を超えて、色環的な認識を形作るために抽象の努力をするということが、耐えて行われなかったということは、日本人の認識能力にある種の本静的な欠落があることを示すかもしれないと思われると。
・・(後略)・・
この文脈はこうしたさまざまな事物を即座に色と感じ取っていた物心一体の頃から、やがて事物の色を離れ、心の色を確立していく日本詩歌の系譜へとつながっていく。
このあたりの自分の疑問に対して、冷静に自分で史実を積み上げながら答えに近づいていく様は、息をのんでしまうような迫力がある。
日本詩歌の本質の内容もさることながら、この姿勢こそに、感動してしまう。
長くなったので今回は書くのをやめるが、
「第15章 詩歌の革新と充実(子規の歌が語るもの)」の中で描かれる子規という文学者に向けるまなざしは、何度読んでも涙が止まらない。
ということでおススメの本ではあることは間違いないが、少なくとも詩歌に全く興味のない人には興味がないだろうなあ。
そういうたぐいの本であることは、間違いない。
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